宇宙は138億年ほど前に「ビッグバン」と呼ばれる大爆発から始まったと考えられています。その根拠の一つは、1929年にアメリカの天文学者エドウィン・ハッブルが発見した宇宙の膨張です
宇宙には無数の銀河がありますが、ハップルが詳しく観測すると、 宇宙のあらゆる方向で銀河が地球から遠ざかる動きをしていることがわかりました。 この現象を説明するには、「宇宙が膨張している」と考えるほかありません。 そして、宇宙が膨張する過程を遡ると、138億年前に宇宙は小指の先ほどの大きさに集約されるというのです。その小さ塊が大爆発して宇宙を形成し、現在もなお、膨張し続けているわけです。
生命が地球に誕生する確率を表すのに、こんなたとえがあります。「25メートルプールにバラバラに分解した腕時計の部品を沈め、 ぐるぐるかき混ぜていたら自然に腕時計が完成し、しかも動き出す確率に等しい」―そのくらい低い確率ですが、ゼロではなかったのです。 化学反応が頻発する可能性に満ちた原始の地球で、何億年という長い時間をかけて、低い確率、というか偶然というか奇跡が積み重なりました。 そして何よりも、生産性と保存性の高いものが生き残る 「正のスパイラル」が、限られた空間で常に起こり続けることで、偶然が必然となり、 生命が誕生したのです。
ではなぜ、ヒトは桜に惹かれ、それを好み、美しいと感じるのでしょうか? 生物学的 には、次のような説明が可能かもしれません。 それは「変化」です。ばっと咲いてすぐに散る。 満開の桜の花は「新鮮」の極みであり、生命の力強さに溢れています。 桜以外でも同じことが言えると思いますが、ヒトは本能的に新しく生まれたものや変化にまず惹かれるのです。
地球はまさにこの新鮮さに満ちています。全てが常に生まれ変わり、入れ替わっています。 先ほど挙げた「作っては分解して作り変えるリサイクル」というお話を思い出してください。このことを「ターンオーバー (turn over / 生まれ変わり)」と言うことにしましょう。これが、本書の重要なポイントの1つ目となります。ターンオーバーとそが奇跡の地球の最大の魅力です。
そしてその生まれ変わりを支えているのは、新しく生まれることとともに、綺麗に散ることです。この「散る 死ぬ」ということが、新しい生命を育み地球の美しさを支えているのです。
一方「選択」は、もちろん有性生殖の結果生み出される多様な子孫に対して起こります が、実は子孫だけではなく、その選択される対象に、それらを生み出した「親」も含まれているのです。つまり親は、死ぬという選択によってより一族の変化を加速するというわけです。
当然ですが、子供のほうが親よりも多様性に満ちており、生物界においてはより価値がある、つまり生き残る可能性が高い 「優秀な存在なのです。言い換えれば、親は死んで子供が生き残ったほうが、種を維持する戦略として正しく、生物はそのような多様性重視のコンセプトで生き抜いてきたのです。
生き物にとって死とは、進化、つまり「変化」と「選択」を実現するためにあります。 「死ぬ」ことで生物は誕生し、進化し、生き残ってくることができたのです。
化学反応で何かの物質ができたとします。 そこで反応が止まったら、単なる塊です。 それが壊れてまた同じようなものを作り、さらに同じことを何度も繰り返すことで多様さが生まれていきます。やがて自ら複製が可能な塊ができるようになり、その中でより効率良く複製できるものが主流となり、その延長線上に「生物」がいるのです。 生き物が生まれるのは偶然ですが、死ぬのは必然なのです。壊れないと次ができません。 これはまさに本書で繰り返してきた「ターンオーバー」そのものです。 つまり、 死は生命の連続性を維持する原動力なのです。 本書で考えてきた 「生物はなぜ死ぬのか」という問いの答えは、ここにあります。
「死」は絶対的な悪の存在ではなく、全生物にとって必要なものです。 第1章から見てきた通り、生物はミラクルが重なってこの地球に誕生し、多様化し、絶滅を繰り返して選択され、進化を遂げてきました。その流れの中でこの世に偶然にして生まれてきた私たちは、その奇跡的な命を次の世代へと繋ぐために死ぬのです。命のたすきを次に委ねて「利他的に死ぬ」というわけです。